前回のコラムの中で、「歌うことは難しいこと」だとお伝えいたしました。
でも、正しい努力を正しい方向で続けていれば、
必ず達成出来るものなのだとも。
それでは、「正しい努力」とは何なのでしょうか。
最初にお聞きしてみましょう。
皆さんは、どれぐらい、どんな方法で練習をしていますか?
「上手くならないんです」
と悩む生徒さんたちにこの質問をすると、
大半の方が、「忙しくて…」「時間がなくて…」
と言われます。
練習は、時間があるからするものではありません。
「上手くならない」と嘆くなら、「本当に上手くなりたい」と思うのなら、
練習をするために時間を作る必要があります。
「時間がなくて…」
本当ですか?一日10分さえもないのでしょうか。
お風呂の中で、
駅までの道を歩きながら、
お昼ご飯を少し早めに切りあげて、
寝る少し前に、
「たった10分」さえもありませんか?
忙しい現代ですから、10分を作ることが難しい方も、きっとおられるでしょう。
ですが、本当に上達したいと悩む人たちは、
この10分を作るために死に物狂いの努力をしています。
環境が許さないからあきらめてしまうのか。
環境が許さないなら、その環境を変える努力をするのか。
「上手くなった人たち」「世に出た人たち」は、間違いなく後者です。
さてでは、実際どのように練習を進めれば良いのでしょうか。
まず、大前提として全てのボーカリストの方々に自覚して頂きたいのが、
「ボーカリストは、自分自身の身体が楽器である」という事実です。
自己満足を求めてはいけません。
主観を入れずに、自分の身体を楽器として扱うこと。
楽器を演奏するかの様に、一音一音大切に練習すること。
「満足感」=「自分のクセで歌うことから来る、気持ち良さ」を求めないこと。
これが非常に大切です。
自己満足の中での気持ち良さを求めずとも、
楽器としてのピッチが良くなり、リズム、ボリュームコントロール、構成力が付きだせば、
抑揚力も付いて、今までにない技術力による満足感が、必ず生まれて来ます。
この前提を踏まえた上で、上達するために有効な練習方法は、
大きく分けて二種類あります。
「考える練習」と「考えない練習」の二つがあるのですが、
今日のこのコラムの中では、「考えない練習」についてお話をしたいと思います。
真剣に向き合えば向き合うだけ、歌が好きであればあるだけ、
壁にぶつかり、悩む時期が必ずやって来ます。
そんな時に有効なのは、この「考えない練習」です。
レッスンで講師から指摘されたことを、指摘された部分を、
出来るようになるまで、ただひたすら反復練習をします。
この時は、何も考えないで下さい。
これが正解なのか間違いなのか、それさえも考えずに、
レッスンで講師から言われたことと、そのイメージにのみ集中して反復練習をして下さい。
発声練習でもいいですし、歌の一部分でも、一曲丸々歌いこんでも構いません。
そうやって無心で歌っている中で、
「あ!」と、気づきがやってくる瞬間が必ずあります。
「あの時言われたのは、このことか。」
「だからこれはこうなるのか。」
今まで何となくでしか理解出来ていなかったことが、
はっきりと線で繋がるのです。
それを一度つかめば、後は色々なことが少しずつわかって来ます。
もし次のレッスンまでにその瞬間が来なくても、それはそれでいいんです。
それを求めて努力した時間そのものが、価値あるものです。
必ず何かを体得しています。
また、ここで大切なのは、「嫌になったらやめる」ということです。
その反復練習が苦痛で仕方なくなってしまったら、その日はそれで終わりましょう。
また次の日、新たな気持ちで始めれば良いのです。
そしてその次の日も、嫌になったらやめてしまって構いません。
時間や気持ちに、もし少しだけ余裕のある日があれば、
その時は、「嫌になった瞬間」から、あと10分だけ延長して練習をしてみましょう。
一週間に一度。もし出来るなら3日に一度。
そうやって何度も繰り返し、練習してはやめ、練習してはやめを続けて行くと、
苦しい練習の中で上達して行く喜びを見つける瞬間に出会います。
そして一度その瞬間に出会えたら、練習はもう嫌なものではなくなっているはずなのです。
努力の仕方を知っている人は強いです。
歯を食いしばり、何かを成し遂げた経験をした人は、
努力がいつか必ず実を結ぶことを感覚として知っています。
そうなると、人生のいかなる困難にも立ち向かえる強さが自分の中に育つのです。
音楽は、そうやって人間そのものをも成長させてくれるものだと私は思っています。
だからこそ厳しいですが、だからこそその過程の中に喜びも沢山あります。
私は私の生徒たちに、早くその境地にたどり着いて欲しいと日々願っています。
その時こそ本当の意味で、歌っていて良かったと、
心から思って貰えるのだと信じているからです。
次回は、
「プロデビューを果たすのに必要な2つのこと」
を、2週連続でお届け致します。